女罰(仮) 【第一回配信】

第一章 透明人間


小学校の校訓はやさしく・きびしく・新しくだった
中学と高校のは覚えてない。大学にはそんなもん無かった気がする。
毛簀池滾男(けすいけたぎお)は会社の朝礼で社是を小声で唱えながらローファーの小疵を見詰めていた。


支店建屋の指定席にノートパソコンを開き仕事風の様子で自然に座ってみた。
液晶画面に視線だけやり、周りに蠢く社員(同じ集団に所属する自由奔放な世間と呼ばれる他人様)の視線に敬意を払った。
そして、他人様の思惑を読み解こうと試みた。
滾男は我執が漂わないよう表情や姿勢、声の調子に細心の注意を払い朝の時間と視線を必死に遣り過ごす。
結局、他人様の思惑など解読しようもなく薄めに途方に暮れただけだった。
一刻も早く魔窟のような建屋を出て営業車の運転席に座りたかった。そしておっぱい


新卒でふんわり就職して10年。分かったことは1個だけ「スーツはモテる」だった。
営業車のファミリアでFMを聴きながら静かな喫茶店へ安全運転。
滾男の業績は中段上安定。本社の覚えもめでたい。
カラオケが上手で小遣いは3万円。笑顔が素敵な32歳。
新築のマンションも買えたし普通の妻と普通のこどもがいる。当然、彼女もいる。自由になるおっぱいちゃん。
不意にFMから尾崎豊の「スクランブリングロックンロール」が流れてくる。
DJの選曲が絶望的に陳腐なのは当局の政策なのか。市民のリクエストはエレガントなのに。
味わい深い日常だこと、たぶんそのうち気が狂う。
正常とか狂気とかには特に興味はないが、その境い目だけが気になる。
線なのか面なのか。温度は何度なのか。何色なのか。どんな味がするのか。ツルツルなのかザラザラなのか。
沈殿した泥と上積み液を観察したら分かるのかしら。yo!
やっぱ今日もサボったろ。喫茶店でエビフライ定食くうたんねん。
自由と放浪が要る。
滾男はシングルノットのネクタイを少しだけ緩めた。